なんとなくSNSを開いて、しばらく眺めて、閉じたあとなぜか、どっと疲れている。楽しそうな投稿を見て、「それにひきかえ私は」と落ち込んでしまう。
そんなこと、ありませんか。私も、SNSに疲れてしまった一人です。人のキラキラした投稿を見ては落ち込んで、それでも気になって、また開いてしまう。この記事では、SNSで人と比べて疲れていた私が、少し楽になれた考え方をお話しします。
SNSを見ると、なぜか疲れてしまう
SNSでの疲れには、こんな正体がありました。
- 楽しそう・充実してそうな投稿を見て、自分と比べて落ち込む
- みんなが前に進んでいて、自分だけ取り残された気がする
- 見たくないと思っているのに、つい開いてダラダラ眺めてしまう
- 「いいね」や反応の数が、気になって仕方がない
どれか、当てはまりませんか。これは、あなたの心が弱いからではありません。SNSは、そもそも「比べてしまう」ように出来ている場所なんです。次々と、誰かの一番いい瞬間が流れてくる。それを毎日浴びていたら、疲れて当たり前です。
人と比べて苦しくなった時の、2つの考え方
① SNSは、「いいところの切り取り」でしかない
これは、いちばん大事なことです。
人がSNSに載せるのは、その人の生活の中の、いちばんキラキラした一瞬です。楽しかった旅行、おいしかったごはん、うまくいった出来事。そこに映っていないところに、みんなそれぞれ、地味な毎日や、しんどい時間や、人には言えない悩みを抱えています。
あなたが見ているのは、相手が「見せたい」と選んだ、ほんの一部の切り取り。それと、自分の「舞台裏」を比べたら、落ち込んで当然です。だって、比べる土俵が最初から違うんですから。人と比べて落ち込んでしまう時の考え方は、別の記事にも詳しく書いています。
② 比べる相手は、「他人」じゃなくて「昨日の自分」
そもそも、他人と自分は、スタートも環境も持っているものも、まるで違います。違う人と比べて優劣をつけること自体に、あまり意味がないのかもしれません。
もし比べるなら、相手は「昨日の自分」。先週より少しできるようになったこと、前より穏やかに過ごせた日。他人という物差しを手放して、自分の中に物差しを持つと、SNSの見え方が少し変わります。「私だけダメだ」と感じてしまう時は、自己肯定感について書いた記事も、よければどうぞ。
私は、思い切って距離を置きました
考え方を変えても、見続けていたら、やっぱり疲れます。だから私は、思い切ってSNSと距離を置いた時期があります。
見る時間を減らす。しんどくなるアカウントは、そっとミュートする。通知を切る。それだけで、心がびっくりするくらい軽くなりました。「離れたら、大事な情報を逃すかも」と不安でしたが、実際に困ったことは、ほとんどありませんでした。
SNSは、道具です。あなたを疲れさせるために使う必要はありません。少し距離を取るだけで、あなたの心の時間は、ちゃんと自分に戻ってきます。
それでも、比べて苦しい時は
頭では分かっていても、比べてしまって苦しい。そんな日もありますよね。
一人で抱えて苦しい時は、利害関係のない第三者に、そっと話してみるのもひとつの方法です。話すうちに、「私は本当は、何がうらやましかったんだろう」と、自分の本音が見えてくることもあります。オンラインカウンセリングについて正直にまとめた記事も、よければどうぞ。
最後に
SNSに映る誰かの人生は、その人の「切り取り」であって、あなたの人生の点数表ではありません。
スマホを置いて、顔を上げてみてください。あなたの毎日には、投稿されないけれど、確かにいい瞬間が、ちゃんとあります。
人にも、自分にも、ちょうどいい距離で。SNSとも、ちょうどいい距離で付き合えますように。


コメント