生き方や選択に口を出される。「あなたのため」「心配だから」と言われると、断れない。距離を取ろうとすると、なぜか罪悪感がわいてくる。
家族のことで、そんなふうに、もやもやを抱えていませんか。
正直に言うと、私自身は、激しい過干渉を受けて育ったわけではありません。でも、たとえば一人で1ヶ月ほど海外へ行くと決めた時。「心配だから」という言葉で、やんわり止められそうになったことがありました。結局、私はそのまま行ったのですが、あの時感じた「心配という名の、そっとしたコントロール」の窮屈さは、今でも覚えています。
そして、まわりの友人たちを見ていると、もっと深く、このことで悩んでいる人がたくさんいます。だから今日は、「家族だから」に縛られてしんどい人へ、私なりに思うことを書きます。
なぜ「家族」は、こんなにしんどいのか
家族の悩みが特別つらいのは、近すぎて、逃げ場がないからです。
他人なら距離を置けばいい。でも家族は、そう簡単には切り離せない。しかも「家族なんだから」という言葉が、断ることも、離れることも、許されない空気を作ってしまう。
大切にしたい気持ちはある。だからこそ、余計に苦しい。この「好きなのに、しんどい」が、家族の悩みのいちばん厄介なところだと思います。
少しずつ、そう思えるようになったこと
① 「心配」と「コントロール」は、別のもの
心配してくれる気持ちは、ありがたいもの。でも、その心配で「こうしなさい」と従わせようとするのは、また別のことです。相手の不安は、相手のもの。あなたが、その不安を全部背負って、自分の選択を曲げなくてもいいんです。
② 家族でも、分かり合えない部分はある
血がつながっていても、価値観はそれぞれ違う、別々の人間です。「家族なんだから、分かり合えるはず」その思い込みを手放すと、少し楽になります。分かってもらえないことがあって、当たり前。それは、あなたが悪いわけでも、愛が足りないわけでもありません。
③ 距離を取るのは、冷たいことじゃない
離れようとすると罪悪感がわくのは、あなたが優しい証拠。でも、ずっと近くで消耗するより、少し距離を置いたほうが、かえって穏やかに向き合えることもあります。物理的にも、心理的にも。「ちょっと離れる」は、関係を壊すことじゃなくて、関係を長く続けるための知恵だったりします。
④ 自分もまた、誰かに「過干渉」かもしれない
これは、私自身がハッとしたことなのですが、見方を変えると、私の何気ない一言も、家族にとっては「過干渉」になっているかもしれない。つい、心配のつもりで口を出してしまう。誰にでも、その可能性はあるんですよね。
だからこそ思うんです。家族といえど、お互いを信頼して、少し手を離す。ほどよい距離を保つことは、される側だけじゃなく、する側の私にも必要なことなんだ、と。
最後に
親には親の、家族には家族の、それぞれの人生があります。近いからこそ、つい踏み込みすぎてしまう。でも、本当はお互いに、一人の人間として尊重し合えたら、いちばんいい。
「家族だから」で我慢しすぎないで。そして、「家族だから」で誰かを縛りすぎないで。信頼して、ちょっとだけ手を離す。それが、家族と長く、穏やかに付き合っていくコツなのかもしれません。
人にも、自分にも、ちょうどいい距離で。あなたと、あなたの大切な家族が、お互いを尊重できる関係でいられますように。


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